Drive


 薄暗い店内の中、俺は彼女を待っていた。
 大学の近くの小さなバー。おしゃれだとか、酒が美味いとか、そんなものは一切無い。
 ただ近いからと理由だけで、俺たちは週末、よくここで過ごしたものだ。

「変わらないね。ここは」

 待ち人が来たみたいだ。昔よく座っていたカウンターの隣に腰掛け、彼女はウイスキーのダブルを頼む。
 そんな仕草も、ぜんぜん変わらない。

「お前も・・・・だよ」
「そう?」

 ウイスキーのグラスが、マスターから差し出された。
 ついでに灰皿も―――――。
 何もかもが懐かしくて、昔に戻ったみたいだ。
 せっかく灰皿が差し出されたので、タバコを吸うことにした。
 火をつけて、肺一杯に紫煙を吸い込む。
 俺はあいつにタバコを差し出すと、それを手で制して自分のタバコを取り出した。
 それも昔と変わらない。でも。

「お前、タバコ変えたんだな」

 昔は、キャビンを好んで吸っていた。
 それが今はセブンスターに変わっていた。
 なんだか………その小さな変化が時の流れを表しているようで寂しい感じがした。
 それでも仕草の一つ一つが、昔のヤンチャな彼女のままだ。

「君は―――――昔のままだね」
「ん?」
「タバコ」
「あ、あぁ。そうだな」
「それと、やっぱり大きいね。その手」

 タバコをはさむ指を眺めて、彼女はそう呟く。

「君のギター好きだった。――――うん、今でも好きだって思える」
「ありがとう」

 俺はよくギターを弾いていた。
 適当にブルースを奏でる日もあれば、ガムシャラにロックを弾いた時もあった。
 ラブバラードを彼女に捧げる日もあった。

「今でも―――?」
「さて、どうだろうな」

 そう答えた俺に対して、彼女は口を押さえて静かに笑った。

「なんだよ」
「うん、相変わらずだなって思って」

 嫌いになって別れた訳じゃない。喧嘩した訳じゃない。
 ただ、連れ添い人ではなかっただけだ。
 時には馬鹿みたいなことに夢中になって、そして笑った。
 そして、時には映画をみては同じところで泣き、そして抱き合った。
 夜は二人で踊り狂い、素敵なロックを奏でていた。
 最高の男になろうとして――――。
 最高の女になろうとして――――。
 いつでもヤンチャで、ワイルドな俺たちだったけど、それだけだった。
 俺たちは互いに安らぎを求めず、ただ疾走する毎日を駆け抜けた。
 次第にガソリンが切れ、タイヤをすり減らして、エンジンが弾けとんだ。
 俺たちの別れは、必然であり互いに必要なことであった。

「俺は、今でもお前を最高な女だと思ってるぜ」

 俺は何十年と生きてきたが、最高な女は誰か? と問われれば、間違いなく彼女の名を言うだろう。

「私も、あなたは最高な男だと思ってるよ」

 共にヤンチャで、最高のロックを追い求める友であった。
 人生にいくつもある出会い。すべてが運命であり、その一つ一つが最高なものだ。
 言うなれば、全ての出来事が一期一会であり、運命だ。

「もう…6年も経つんだな」
「うん。あっという間…」
「お前は―――いや、なんでもない」
「君が聞かないなら、私も色々聞かないよ。でもね、一つだけ―――そう、あの頃は色々と楽しかったよ」
「そっか」
「さっきも言ったけど、最高な人だった。息をするのも忘れるくらいに」
「スリリングなドライブみたいだったろ?」

 そう答えると、彼女は笑った。

「そうだね。スリリングかぁ。うん、いいなそれ」

 そういって、また笑った。子供のように、そして無邪気に。

「ねぇ、この後予定あるの?」
「さて、どうだろうな」
「あはは。ドライブしたいな、私」
「スリリングな?」
「ええ、とびっきり危険な……ね」

 彼女は、グラスに残ったウイスキーを一口で飲み干し席を立つ。
 その背中を見つめながらタバコをもみ消す。とびっきりスリリングな夜は、目的地にどこをとるのだろうか。